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松田さん、市教委の「君が代強制通知」に対し、質問書を提出

松田です。

大阪市教委は2月3日に、昨年と同様の「君が代」を強制する教育長通知を出しました。

教育長通知

昨年2月22日、職員基本条例第43条2項の規定を根拠に、この教育長通知とそれに基づく職務命令が教育を破壊する不当なものなので取り消してほしいという申し出を行いました。結果は「取り消さない」という結論だけの口頭回答でした。今年度は公益通報を行い、申し出に対する対応は重大な不正があり、是正されるべきと主張しましたが、大阪市公正職務審査委員会は調査その他の措置をとる必要を認めませんでした。

8月には、学校長に対して要望を出し、「この指示では実際の国歌『君が代』指導はできない」と言っている職員がいることを市教委に伝え、「君が代」指導の仕方についての見解を聞くよう求めました。校長はそれを伝えてくれたかどうかよくわかりませんが、市教委はその問いには答えないというようなことを言っていました。

一職員としてもいろんな問題提起ができると思い、働きかけをしています。その上での昨年同様の教育長通知なので、職員としての仕事にかかわる問題として、教育長あての質問を2月8日に郵送しました。また、東京の根津さんの意見陳述の一部と保護者の立場で不起立された詩人・丁章さんの詩「不起立の記」もご紹介します。

子どもたちの人権を守ることを主張し、私たちの人権がそのためにも守られなければならないと主張していきたいと思います。

【教職員のみなさんへ】「君が代」指導の改善を お願いします

D-TaCから大阪市立の小中学校422校に、下記の内容をに発信しました。

また、大阪市教育委員会に対してこちらの「質問書」を提出しました。


大阪市立学校教職員の皆さんへ
                             2017122


                        Democracy for Teachers and Children
                   ~「君が代」処分撤回!松田さんとともに ~ 略称 D-TaC)
           「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク

 

 私たちは、これまで、「君が代」起立斉唱職務命令指示の教育長通知等についての大阪市教育委員会との「協議」について紹介・報告するメールを何度か送らせていただいた市民団体、D-TaCと「日の丸・君が代」強制反対大阪ネットです。卒業式が近づいてきましたので、「君が代」を歌いたくない生徒への対応についての大阪市教育委員会見解(20161222日大阪市教育委員会ホームページアップ)を踏まえた「君が代」指導の改善をお願いしたいと考えてこのメールを送らせてもらっています。

 「君が代」を歌いたくない生徒への対応についての大阪市教育委員会見解
http://www.city.osaka.lg.jp/templates/dantaikyogi/kyoiku/0000384752.html
(大阪市教育委員会組織情報・団体等との交渉状況各種団体との協議など団体との協議等の実施状況一覧(教育委員会事務局)→2016年度→D-TaC、「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク)

 2016126日付の私たちの要請書は、これまでの「協議」経過等を示して、「君が代」を歌いたくないと意思表明した児童・生徒への対応についての大阪市教育委員会の現在の見解を、文書で回答し、明示することを求めたものです。それに対する大阪市教育委員会の文書回答が以下です。

 「国歌の指導は、学習指導要領に則って取り組む教育活動の一つです。国歌の指導に関して、教育活動の一部または全部に参加できない意思を示す児童・生徒がいた場合、その思いを尊重するとともに、指導にあたっては、児童・生徒の実態をふまえながら、参加のあり方について、当該児童・生徒の気持ちに寄り添った丁寧な対応を心がけることが大切であると考えています。」

  この回答は、「君が代」斉唱が、児童・生徒の思想・良心の自由にかかわる問題であるとの認識に立ったものです。この回答の認識に立つならば、「君が代」指導の過程自身が児童・生徒の人権を尊重したものでなくてはなりません。「君が代」斉唱がいやだという児童・生徒が現れて初めて、指導のしかたが問題になるというのではないということです。「君が代」の扱いや歌詞の意味の変遷等について何も教えられないまま、「国歌は大切」「日本の国歌は『君が代』」「国歌『君が代』をしっかり歌おう」ということしか聞かされずに、「君が代」の意味さえ知らないまま、児童・生徒が起立・斉唱させられている現在の多くの学校の「君が代」指導のあり方は見直されなければなりません。必要な情報をきちんと届け、それに対してどういう態度をとるかは、各自が判断することだという立場での「指導」でなければならないと思います。
 以下に、少なくとも、学校が伝えるべき内容、現在の枠組みの中でも伝えることができる内容の例を示します。参考にしていただき、是非とも「君が代」指導の改善をお願いしたいと思います。

 


 

<少なくとも学校が伝えるべき内容の例>

 1)「君が代」の歌詞の意味

 「君が代」の歌詞はもともと和歌
 「君が代」の歌詞はもともと平安時代にできた和歌で、「あなたの寿命が 千年も 万年も 小石が大岩になって 苔がはえるほど長く続きますように」という長寿を願う和歌だったと考えられています。「君」は天皇に限らず目上の人を指していたと考えられていて、江戸時代には、いろいろなめでたい席で歌われていました。

  国歌としての扱いをされるようになった明治時代以降の「君が代」
 明治時代になって曲がつけられ、国歌として扱われるようになりました。「君」は天皇であるとして、大日本帝国憲法下の修身の教科書では「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいておさかえになりますやうに」という意味だと説明されていました。当時は、天皇のために命を棒げる教育が行われており、「君が代」斉唱は、その中で重要な役割を果たしていました。

  1999年に国旗国歌法ができたときの「君が代」の歌詞の意味についての政府説明
 19998月、国旗国歌法が制定されました。そのとき、政府は、現在の日本国憲法下での「君が代」の歌詞の解釈を次のように示しました。
「日本国憲法下にあっては、国歌君が代の『君』は、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており、君が代とは、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当」というものです。

 2)卒業式・入学式に国歌「君が代」斉唱が位置づけられている理由
 文部科学省が定めている学習指導要領には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定されています。それは、「国際的な交流が進む中で、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てることが大切」「国旗・国歌に対する正しい認識を持ち、それらを尊重する態度を育てることが、国際社会において尊敬され、信頼される日本人となるために必要」「卒業式や入学式は、国家への所属感を深めるためにいい機会」とする認識から定められているということです。

 3)児童・生徒のみなさんへの呼びかけ
 入学式・卒業式の式次第には、国歌斉唱があります。学校は、みなさんに、国歌「君が代」をしっかり歌いましょうと呼びかけています。しかし、どのように参加するかは、みなさん方一人一人の問題です。しっかり考えた上でとった態度に対しては、そのことを理由に責められるということはありません。それぞれが自分の考えを深めていってください。


以上

「児童・生徒の 気持ちに寄り添った丁寧な対応を」~大阪市教委の見解

大阪市教育委員会が、「君が代」斉唱にかかわって子どもの「思想・良心の自由」を認める回答をおこない、大阪市教育委員会ホームページにアップされました。

http://www.city.osaka.lg.jp/templates/dantaikyogi/kyoiku/0000384872.html

◆要請事項
「君が代」の意味や扱いの変遷、それが社会にもたらした影響等を知り、歌いたくないと意思表明した児童・生徒にはどう対応すべきと考えておられますか。

◆回答
国歌の指導は、学習要領に則って取り組む教育活動の一つです。
国歌の指導に関して、教育活動の一部または全部に参加できない意思を示す児童・生徒がいた場合、その思いを尊重するともに、指導にあっては、児童・生徒の実態をふまえながら、参加のあり方について、当該児童・生徒の気持ちに寄り添った丁寧な対応を心がけること大切であると考えています。

この回答からすると、「君が代」の意味も教えず、とにかく歌えと子どもたちに起立斉唱を強制する、多くの学校で行われている「指導」方法は抜本的に見直されなければなりません。「君が代」の扱いや意味の変遷にかかわる事実をきちんと伝え、どのような態度をとるかは、児童・生徒自身が決めることという立場での指導へと転換すべきです。

【報告】戦争中の教育の誤りを繰り返えさせてはいけない

12月23日のD‐TaC「学習交流のつどい」にご参加いただき、ありがとうございました。

集会の報告と講演して下さった黒田さんの当日のレジュメを掲載します。

※ 黒田さんのレジュメはコチラ→(pdfファイル前半後半

(以下、報告)

天皇のために命を捨てる教育=戦争中の教育の誤りを繰り返えさせてはいけない!

12月23日夜、「D-TaC~『君が代』処分撤回!松田さんとともに~」が主催して、「戦時中の教育の誤りを繰り返すな!12.23学習交流のつどい」を開催しました。「君が代」強制を軸に、学校教育が戦争を支える若者の育成へと変質させられようとしている中で、戦時中の教育の実態を学び、その誤りをくりかえさせないために考え合おうという趣旨のつどいでした。事前に、大阪市の中学校教職員の皆さんには、個人あての封筒で案内ビラと手紙を届けさせてもらいました。小学校の方は、学校長と人権教育担当者のみなさんに案内ビラと手紙を送付し、職場の皆さんへの紹介をお願いしました。「つどい」には会場満杯の65人の方に参加していただきました。

つどいでは、最初に、D-TaCの活動報告を行いました。大阪市内130中学校のうち、約30校の生徒に「『君が代』の意味知ってる?」ビラをまいたこと、「君が代」を歌いたくないという生徒がいれば、参加のしかたについて気持ちに寄り添ったていねい対応をすると大阪市教委に見解を表明させたことなどです。その後、元高校教員・元大学教員で、「日の丸・君が代」強制反対大阪ネット代表でもある黒田伊彦さんから、敗戦時国民学校4年生だった自分の学校教育での体験を語ってもらいました。「権力に対する人間の闘いとは、忘却に対する記憶の闘い」ということばで講演を始められた黒田さんの体験談はとても具体的で、天皇のために命を捨てる戦時中の教育の現実をしっかり感じられるものでした。

1941年4月から小学校は国民学校に変えられました。国民学校令第1条は、「国民学校ハ皇国ノ道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ国民ノ基礎的錬成ヲ為スヲ以テ目的トス」とされていました。子どもたちは「少国民」(皇国臣民としての国民になり切れていない存在)とされ、「皇国の道に則った教育」=生きた神様である天皇のために命を捨てる教育によって、錬成(たたきあげること)される存在でした。「皇国の道に則った教育」の中心は、元旦(1月1日)、紀元節(2月11日)、天長節(4月29日)、明治節(11月3日)の4大節の学校儀式であり、その儀式の中心が「君が代」斉唱、教育勅語拝読でした。黒田さんの学校では、日常は、朝、第1鈴で直立不動、「君が代」演奏の放送を聞き、第2鈴で教室へ向かっていたとのことです。1943年の教科書には、天皇は現御神(現人神)と書かれ、3年生から教えられたそうです。

「君が代」の歌詞の意味をめぐっては、2年生の紀元節の儀式で黒田さんが歌わなかったエピソードが語られました。それまで意味をきちんと教えてもらったことがなかったので、誤解していたとのことです。何故歌わなかったのかと先生に聞かれた黒田さんが、「『君が代』は『君の用―は、千代兄が、八千代に刺されて、石のように岩のようになって、(お供えの)米が蒸しあがるまでー、みはっておけよー』という歌で、死んだ人のそばに長い間いるのは恐いです」と言うと、先生が黒板に歌詞を書いて、「天皇陛下さま、長生きして下さって、天皇陛下のお治めになる日本の国が末永く栄えますようにという歌です。死んだ人なんてとんでもない。」と説明してくれたというエピソードです。

先生もお父さんもみんな、天皇陛下は神様だというのに対して、「天皇は神様なら死なないのに、なぜ長生きを願うのだろうと疑問に思った」そうですが、そんな疑問をも抑え込んでいくような抑圧体制ができ上がっていたのです。黒田さんからは、戦争を支えた国定教科書と子どもの文化としての軍歌と漫画・紙芝居も紹介してもらいました。大東亜共栄圏・南洋への夢と原住民を「土人」と蔑視する思想形成の原点となった、1933年から6年間少年倶楽部に連載された漫画物語「冒険ダン吉」などです。「冒険ダン吉」は、海に釣りに行って居眠りをしている間に南洋の島に漂着したダン吉が、ネズミのカリ公の頓知に助けられ、象の洗車と虎の大砲で、白人を撃退して、「食人蛮」「黒ン坊」「土人」を支配して、島の王様になるという物語です。ダン吉は腰ミノだけの裸体なのに、王冠と文明の象徴としての時計をつけ靴を履いています。学校教育だけでなく、子どもをとり巻く文化もすべて侵略戦争を鼓舞するものに変えられていったのです。

敗戦後の教育の転換の様子についても語られました。従来の教科書から「軍国主義や国際和解を妨げる教材の削除」する「墨ぬり」で、6年用国語の教材「国語の力」の中の「この国歌を奉唱する時、われわれ日本人は、思わず襟を正して、栄えますわが皇室の万歳を心から祈り奉る」は削除されませんでした。天皇のために命を捧げる教育へとつながる種は残されたのです。国の指示・命令を絶対のものとして教えてきたことへの教職員自らの振り返りの不徹底についても指摘がありました。

休憩の後、松田さんが、今の気持ちと努力していることについて話しました。

「私たちは、このつどいの案内ビラを4000人以上の大阪市中学校教職員に届けましたが、1枚のビラを見ただけでこのつどいに参加してくれるような状況ではありません。10年ほど、『君が代』起立・斉唱について議論にもならず、強制の現実が当たり前になっている職場がほとんどだからです。しかし、『君が代』の歌詞の意味も教えない強制の問題点も『君が代』強制の狙いもますますはっきりしてきています。『君が代』にかかわる事実を生徒に伝えること、『君が代』に対する態度はそれぞれが考え判断することという立場で生徒に接することが戦争教育への抵抗する道だということを粘り強く提起していきたいと思います。」

戦時中の教育の誤りを繰り返さないために、黒田さんの体験に学び、今に活かすことが私たちの課題です。松田さんの決意を受け、更に、頑張ろうと確認した「つどい」でした。

D-TaC学習交流のつどいにご参加を

知っていますか?教師が子どもたちを戦場に送った歴史を。
今その歴史が繰り返されようとしています。

あなたが子どもたちを戦場に送らないために何ができるか?ともに考えませんか?

12/23学習交流の集い

■日時:12月23日(金)18:30~
■場所:エルおおさか南館72
■講演:黒田伊彦さん(元府立学校教員)
「私の体験した戦中教育と戦後の転換」

チラシのダウンロードはコチラ(オモテウラ


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えっ!大阪市人事観察委員会が説明を拒否?! ・・・松田闘争のポイント

えっ!守秘義務を理由に上申書に対する判断の説明を拒否?!

大阪市人事監察委員会・教職員分限懲戒部会

松田です。「君が代」処分撤回闘争についての近況を報告します。

私の「君が代」処分撤回闘争のポイントは、国旗国歌条例・職員基本条例とそれに基づく教育長通知・「君が代」起立斉唱職務命令が、人格破壊であり、学校教育の荒廃をもたらすものであり、生徒への人権侵害であると訴えた上申書上申書(2)がどう判断されたのか、その判断がいかに不当であるかを明らかにしていくことだと思っています。すなわち、2015年4月17日に開かれたという人事監察委員会・教職員分限懲戒部会で、私の上申書上申書(2)がどう判断されたのかということが最も大事なポイントだということです。

しかしながら、その部会の記録について開示請求を行うと、日時、場所、出席者、議題、および「教職員による職務命令違反事案に対して、処分の要否および量定の妥当性の検討を行った」ことだけが記されている議事要旨しかない、その他には、メモも含めて一切の記録はないという回答でした。唯一の手がかりは、大阪市教委ホームページにありました。そこに、2015年5月12日開催の私の処分を決めた教育委員会会議の議事録が掲載されています。そのなかに、4月17日の会議に出席していた忍康彦・教職員服務監察担当課長が「4月17日開催の人事監察委員愛教職員分限懲戒部会では、 事務局が準備した資料等により当該教諭の主義主張については認知・理解されましたが、それについては懲戒処分の判断に影響しない ので、直接会って話を聞く必要はないと判断されております。」と発言したと記されています。

忍課長のいう「判断」とはどのようなものなのか、人格破壊・教育荒廃・生徒への人権侵害は起こるかもしれないが、職員基本条例の規定からすれば懲戒処分だという意味なのか、明らかにしていくことが次の課題になっていました。

私の支援組織D-TaCは、10月21日、教職員分限懲戒部会委員に、「判断」の内容について説明を求める質問書を提出しました(教育委員会事務局を通して)。(質問書

それに対する回答が、11月8日付で届きました。(回答

なんと「質問1(「判断」にかかわる討議の内容)については大阪市職員基本条例第64条第7項で、人事監察委員は『職務上知りえた秘密を漏らしてはいけない。」と規定されており、お答えできません。」というものでした。

人事監察委員会は、処分にあったて、客観性・公正性を確保するために設けられている組織です。「判断」にかかわる市民説明は責務のはずです。私たちが求めているものは「秘密」ではないし、規定されている議事録すら作っていない人事監察委員会・教職員分限懲戒部会に対して「判断」の説明を求めたことに対して、「秘密」を盾に拒否するというのであれば、「人事監察委員会」の意義を自ら否定することになると思います。今後、徹底批判し、「判断」内容を明らかにしていきたいと思います。(人事監察委員会関連規定

そして、私は訴えた条例と職務命令への批判(上申書上申書(2))を広く知ってもらう活動を行いたいと思います。

分限懲戒部会は、上申書・上申書(2)への判断を明らかにすべき

【報告】D-TaC2年目ステップ集会

7.13D-TaC2年目ステップ集会
50人の参加で、「君が代」強制反対の今後の取り組みを確認!
私(松田)は、1職員の立場から大阪市教委の責任を追及します

松田幹雄(「君が代」不起立処分取消大阪市人事委員会申立人・グループZAZA)

(このページのダウンロードはコチラ

7月13日夜、天満橋のエルおおさかで行われた「松田さんの『君が代』不起立処分撤回 D-TaC結成1周年 2年目ステップ集会」には、50人の方に参加いただき、ともに、松田不起立処分撤回・「君が代」強制反対の闘いの方針を確認することができました。

集会では、私の人事委員会審査請求の代理人弁護士代表で、戦争法違憲訴訟弁護団長である冠木克彦弁護士から、『「戦争法」と日の丸・君が代闘争』の演題で講演がありました。参院選改憲派3分の2という改憲加速の情勢の中で、「戦争と平和」「天皇制」をめぐる問題を中心に情報統制が強化され、仕事を離れた場でも一個人としての意見表明を認めない「身分支配」のような抑圧が強まっていることが指摘されました。運動の進め方としては、自民党の側からの社会変革である改憲に対して、私たちの側からの社会変革運動の中に位置づけた改憲反対運動が問われているとの提起がありました。具体的には、アメリカで、かつてのティーチインのような取り組みが再開されていることが紹介され、憲法カフェ等の小グループでの対話活動を進めていこうという提起でした。「日の丸・君が代」強制をめぐる課題でも、タブーを破る権利闘争をつくり出すことをめざして、職場に対話の輪を広げていくことが重要だと感じました。

また、様々な方から連帯アピールを受けました。互いに認め合い支え合う街づくりをめざす活動をともにしている方、放射能安全神話の学校教育への持ち込みを許さないための活動をともにしている方、教育の管理統制を不登校の子どもたちにまで広げようとする動きに反対している方、橋下・維新の職員支配に抵抗してともに闘っている入れ墨調査拒否処分撤回人事委員会闘争原告の方、共に闘ってきた「日の丸・君が代」強制反対大阪ネットの方、そして私も一員である不起立処分撤回を闘う当事者グループZAZAの方々です。

D-TaC世話人から、1年間の活動報告と2年目の活動目標案の提案があり、質疑・意見交流の上で、参加者全員で確認しました。今後の取り組みは以下です。

1.大阪市教委に4月4日の「修正回答」内容を各学校に周知することを要求する。
2.市教委に、2014年度末に市立N中学校で指導された「国旗・国歌」の学習教材に関して、「全体のトーンががふさわしくない」と市民回答したことを撤回させる。
3.市教委に、松田さんの懲戒「戒告」処分を撤回することを要求する。
4.大森不二夫・前教育委員長の、4月15日付「市(長)特別顧問」就任に反対し、吉村・大阪市長に直ちに解任を求める運動に、他団体と協力して取り組む。
5.これらの活動に広く参加を呼びかけ、現在の会員を2倍に増やす。

これらの活動方針を受け、私は、大阪市立学校の1職員として、「君が代」を生徒に強制する立場に立たされていることを問題にしていきたいと思っています。
大阪市教委が卒業式前に出している教育長通知の中には、「これまでも…『卒業式及び入学式においては、ピアノまたは吹奏楽による伴奏で、しっかりと国歌が斉唱できるよう指導する』…等について、各校園に通知してきたところであり」とあります。私たちは、大阪市教委から、生徒に対して「しっかりと国歌が斉唱できるよう指導する」ことを指示されているわけですが、「どう指導すべきか」ということについて一度も説明されたことがありません。教育センターでは数多くの研修会がひっきりなしに開かれているのに、国歌「君が代」指導については一度の研修会も開かれたことがありません。発令式で歌わせている新採用の人に対しても、歌詞の説明すらしていません。国歌「君が代」の斉唱であるにも関わらず、市教委がいつも持ち出す「学習指導要領」には、「国歌」一般の意義等については書いていますが、「君が代」については、何も書いていません。「何の説明もなしに、どうして斉唱『指導』ができるのか」「『どう指導すべきか』の説明がなければ、市教委の指示を拒否する」と言いたいと思います。学校長には、そう言っている職員がいることを市教委に伝えていただきたいと思います。

もう一つ、生徒の声を聞いてみたいと思っています。

<質問1>
「君が代」の歌詞の意味を知っていますか。
<質問2>
国歌「君が代」の意味をきちんと教えてほしいですか。(以下のことを伝えて)
「君が代」は時代によって扱われ方が違い、意味が変わってきました。
①和歌としてつくられ、おめでたい席などでうたわれていたとき
②大日本帝国憲法の下、国歌的扱いをされ、臣民が天皇に対して歌う歌とされたとき
③1999年、国旗国歌法ができたとき(日本国憲法下での政府の解釈)

多くの生徒は、「君が代」の歌詞の意味を知らず、時代によって意味が変わってきたのなら、それを知りたいと思っているのではないでしょうか。その実態をつかんで、生徒の要求でもあることを示していきたいと思っています。

「君が代」を強制する側に立たされている1職員として市教委の責任を追及すること…それが、多くの人の努力で再任用され、教職員として学校に残ることができた私の責務であると感じています。D-TaC2年目ステップ集会の報告と今後の決意でした。今後ともよろしくお願いします。