カテゴリー別アーカイブ: 松田さんによる呼びかけ

大阪市立学校教職員のみなさん!相対評価は危険!

大阪市立学校教職員のみなさん!

教職員の人事考課制度試行をどう思っていますか?

私は、大阪市立学校の教員で、松田と申します。 大阪市立学校では、現在、来年度の教職員人事考課制度( 相対評価)導入のための試行が行われています。私は、 この制度がたいへん危険だと感じており、 問題提起をさせていただきたいと思います。

 説明もなく、無理な制度導入

この大阪市の教職員人事考課制度は、仕事の成果・総合評価(15 %)、仕事の成果・目標管理(10%)、授業力(15%)、自立・自己実現の支援(15%)、学校運営(10%)、市民志向(15%)、指導力育成(10%)、規律性(10%)の 8項目【( )内の割合はウェイト】について、校長が1~5の5段階評価を入 力することによって得られる、各教員の数字(例えば、3.1など)を、上から順に並べて5段階に相対評価(①[最高]5%、② 20%、③④⑤75%[内、2.9未満は④区分、2.5未満は⑤ [最低]区分]をするというものです。それを、 来年度から同時に導入しようとしている、教諭職給料表2分割、 昇進しなければ37歳で昇給停止の新人事給与制度に活用しようとしています。 相対評価にすることによって職員間の評価の差は大きくなります。その方が職員の意欲向上と組織の活性化につながり、結果として「 市民サービスの向上」につながるというのが、 導入する側の言い分のようなのですが、まったく理解できません。 協力して取り組むべき同僚間の関係を壊す方向に作用する制度・萎縮を生む制度なのではないでしょうか。 大阪市における教職員の新人事給与評価制度は、教職員を、上意下達の指示に全面的に服従させて動かすための制度ではないか と危惧しています。

この人事考課の出発点が、 教職員の自己評価であるとされています。私たちは、この試行のための自己評価の入力を9月末までに行うように迫られています。職場では、きちんとした説明もなく、 教職員それぞれが、自分に与えられた校務支援パソコンからこの制度と操作の説明を見て、自己評価を打ち込むように指示されているのです。(それが市教委からの指示だと管理職は言っています)それぞれの教職員にとっては、体育大会等でたいへん忙しい中で、どんな制度になろうとしているのかもよくわからないまま、この自己評価入力がどんな意味を持つのか、どういう基準で数字の入力をしろと言われているのか、そもそも自分でそんな自己評価などできるのか、疑問いっぱいの状態のまま、とにかく入力しろと言われているというのが現状ではないでしょう か。大阪府の制度だったこれまでの「評価・育成システム」 でも確かに自己申告はありました。しかし、それは、50%のウェイトを持つ業績評価に関係して、 自分の立てた目標からの評価でした。残り50%の能力評価は管理職だけの評価でした。しかし、試行されている新制度では、自己目標をもとに自己評価するのは1 0%のウェイトのとされる「仕事の成果・目標管理」1項目だけあ り、6項目は、管理職だけがやっていた能力評価にかかわる項目です。例えば「 市民志向」なる能力評価の新項目があります。「市民の要請を正しく理解し」「保護者や地域等と協力・連携」「コスト意識と効率性」の3項目が「着眼点」として書かれているのですが、それで、自分はその項目の評価が1~ 5のどれにあたるか自己評価しろというのは無理があるのではないでしょうか。 何でもいいからとにかく数字を入力しろと言われているとしか思えません。

なぜ自己評価が必要なのか?

なぜ、こんな自己評価が必要なのか? 制度を導入しようとしている大阪市教委によると、 その主な位置づけは、私たち教職員が「自己分析と能力開発に活用すること」だというのです。 この説明に、誰か納得できるという人がいるでしょうか。そして、この無理な自己評価入力を行わなければ最低評価だと脅す制度なの です。

自己評価入力は、教職員に市当局・ 教育委員会に服従を表明させるものなのではないでしょうか。そして、教職員に差をつける相対評価に協力すると表明させるものなのでは ないでしょうか。まったく納得できない大阪市の新人事考課制度導入に異議を申し立 てることはできないのでしょうか?私は、自分の気持ちに正直に「 自己評価入力はしない、できない」との意思表示することではないかと思いました。「教職員が自己評価入力をしない場合」というのが、管理職のマニュアルにあります。その場合は、管理職が代理で人事考課シートを第1次評価者(副校長・教頭)に送るようになっています。そして、第1次評価、第2次評価はそ のまま進みます。その場合、自己評価欄は「-」で、そして、第1次評価、第2次評価は、「仕事の成果・目標管理(10%)」の項目だけは「-」ですが、後の項目は他の人と同じように1~5 の管理職の評価がつき、数字の絶対評価が出ます(一項目評価項目が少ない分、低く出ることになると思います)。そして、最後の相対評価にする段階で第5区分とされます。しかし、そもそも今回の試行では、この相対評価結果については、私たち被評価者には知らせないとしていて、結果自身は、私たちの給与・人事に一切関係ありません。自己評価入力をしないことは、大阪市教委に、この制度の自己評価はできないと思っている教職員がいるという現実を突きつけることになります。それは、新制度導入反対の力になるのではないかと思います。「 試行の結果が思わしくない→制度導入延期や修正・撤回」につながる可能性のある意味ある行動ではないでしょうか。

 意志表示をしませんか?

私は、「自己評価入力はできません、しません」の意志表示をしようと思っています。大阪市立学校にお勤めのみなさん、「自己評価入力はできません」と意志表示しませんか?

この記事を、投稿するにあたって考えました。「このブログを見る人の多くは、学校の教職員ではない。意味があるだろうか」と。しかし、このブログを見た人に大阪市立学校の教職員の知り合いがいるかもしれない。こんなことを言っている者がいると情報を伝えてもらえるかもしれない。また、大阪市立の学校では、9月14日に「北朝鮮の弾道ミサイルに係る学校園の対応について」という市教委責任の保護者向け文書を子どもたちに持ち帰らせてい ます。戦争中の大本営発表のような合理性のない嘘の宣伝が学校を通じて行われるようになってきています。これに異議を唱える者がまったくいないような学校にしていいのか 、危機感を持ち、この投稿を共感を持って読んでもらえる人がいるかもしれない。そんな人たちに学校で起こっていることを伝えることは意味があるのではないかと考えました。いろんな形で、この大阪市教職員人事考課制度(相対評価) 導入反対の声が上がることを期待しています。

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松田さんが所属する「教職員なかまユニオン」のチラシのダウンロードはコチラ(

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「君が代」不起立不斉唱は大罪か?

処分事例(大阪市教職員服務ハンドブック)に載せられた「君が代」不起立戒告処分

「君が代」不起立不斉唱は大罪か?

職務命令取り消し申出への答えは「条例にある」ことだけ

大阪市立中学校教員 松田幹雄

(チラシのダウンロードはコチラ

大阪市の教職員が公務支援パソコンから取り出すことのできる教職員服務ハンドブックは、「(教職員の)義務、懲戒処分の制度や『職員基本条例』の内容、不祥事防止に向けて心がけることについて、教職員の皆さんに改めて周知」(教育長)するために制作したとされています。この服務ハンドブックに「こんなことをすると、こう罰せられますよ」という例として「過去の処分事例」が載せられています(コチラ)。その中には、電車内での痴漢、PTA会費の横領、体罰などでの処分事例と並んで、「卒業式の国歌斉唱時において、校長からの再三の職務命令及び市条例に反して起立して斉唱しなかった。 戒告。」という私の処分事例も載せられています。しかし、これは、罰するべき大罪でしょうか。

大阪市職員基本条例には、第43条第2項に、「職務上の命令を受けた職員は、当該職務上の命令が不当であると思料するに足る相当の理由がある場合は、相当の期間内に当該職務上の命令を発した職員又はその上司に対し、意見を申し出ることができる」という規定もあります。ところが、この規定に基づいて、私が理由を付して職務命令取り消しを申し出たことに対して、結果は、学校長から口頭で「条例と教育長通知に基づいたものなので取り消さない」と伝えられただけでした。私の職務命令取り消しの申出の理由についてのコメントは一切ありませんでした。また、条例の規定に基づく申出であるにも関わらず、その扱い、判断にかかわる文書が一切ないことも明らかになっています。大阪市教委は、「条例に書いてある」以外、内容的に処分の正当性を答えることができないのです。そんな中で、処分事例に私の不起立処分を載せているということは、とにかく、「上(教育委員会や学校長)の指示に従え」「考えるな」「従わなければ痛い目にあうぞ」と脅すためです。この方針を許すことは、教育をさらに壊すことにつながると思います。

私の「職務命令取り消し申出」を見てください(コチラ)。「君が代」起立・斉唱強制こそが教育を破壊すると訴え、処分撤回を訴え続けます。

松田さんの「君が代」指導についての質問に、市教委が文書回答

松田です。
2月8日付の『教育長通知についての質問』、その後提出した3月3日付け『「職務命令取り消し申出」への回答にかかわる説明のお願い』への回答文書を、6月9日に杉山総括指導主事から受け取りました。
宛先と回答文書の責任の記載はありませんが、【本件に関するご質問・お問合わせは下記まで】として、「教育委員会事務局指導部中学校教育担当(電話番号:06-6208-9187)」とある文書です。
質問1:「…教育長通知の指導内容とは、…『君が代』の歌詞の意味や扱いの変遷等を伝える必要がないと理解していいですか。」
回答:「…国歌の歌詞の意味や扱いの変遷等を伝える必要がないとの認識はありませんが、各校において学習指導要領に則って適切に指導されているものと考えております。」
質問2:「…必要な情報を伝えず、教職員の強制された率先行為によって、尊重の態度・気持ちを刷り込もうとするこの通知の指示内容は子どもの権利条約に違反するものではないですか。」
回答:「…当該通知内容は、子どもの権利条約に反するものではないと考えています。」
説明のお願い1:「…(私が2016年2月26日に受けた回答は)どこで組織的に検討し、だれの責任で回答したものですか。」
回答:…教育委員会事務局で検討し、当該校長に伝えたものです。」
説明ののお願い2:「…(私が2016年2月26日に受けた回答は)『この職務命令は【保身を奨励し、教職員に人格を破壊したり、教育の荒廃につながったり、生徒の人権侵害につながったりする】かもしれないが、条例並びに教育長通知に基づいた職務命令なので取り消さない』という回答だったと理解していいですか。」
回答:「『この職務命令は【保身を奨励し、教職員に人格を破壊したり、教育の荒廃につながったり、生徒の人権侵害につながったりする】かもしれない』に関しましては、松田様のご認識であり、教育委員会がお答えする立場にないと考えています。」
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この文書回答に対して、文書の中に理解しがたい部分があるとして、6月22日付で再質問を提出しました。
再質問1…「この回答は、…要旨『国旗・国歌は大切。日本の国歌は【君が代】。国歌【君が代】をしっかり歌おう』との指導内容であれば、学習指導要領の規定に沿っていると言え、『君が代』の歌詞の意味や扱いの変遷にふれなくてもいいという意味だと理解していいですか。」
再質問2…「…私が、子どもの権利条約違反と考える理由を以下に記しますので、もう一度、根拠を含めて見解を示してください。」
再質問3…「教育長通知とそれに基づく職務命令が及ぼす影響について指摘したことに対して、『教育委員会事務局としてお答えする立場にない』として、教育委員会事務局が見解表明しないことを合理化することは決して許されないと考えます。『教育委員会事務局としてお答えする立場にない』とするなら、『答える立場にある』のは誰、あるいはどこなのでしょうか。また、それが、『松田様のご認識』というなら、教育委員会事務局の認識はとはどんなものなのでしょうか。再度、回答の意味することについての説明をもとめます。」
**********
この再質問について、電話で再回答をお願いしたところ、杉山総括指導主事から、要旨、以下のような返答がありました。
「6月9日に渡した回答は、前任担当者が約束していたことから行ったもので、異例のことであった。本来、一職員の質問に直接回答するようなことはなく、校長を通すことが原則である。あの回答に新たにつけ加えることはない。」
私は、7月4日付で、「再質問への回答のお願い」を送付ました。再質問は、新たな回答を求めるものではなく、すでにもらった文書回答の意味を尋ねるものであること、回答しないという選択肢はあり得ないことを主張したものです。
回答を迫り、「君が代」強制の問題を明らかにしたいと思います。

7.13 D-TaC 3年目ステップ集会報告

「戦争のための教育支配を許さない」決意を共有!

中学生へのビラまき活動をさらに広げたい

松田幹雄(「君が代」不起立処分取消大阪市人事委員会申立人・グループZAZA)

 7月13日夜、天満橋のエルおおさかで行われた「松田さんの『君が代』不起立処分撤回 D-TaC結成2周年 3年目ステップ集会」には、約50人の方に参加いただき、ともに、松田不起立処分撤回・「君が代」強制反対の闘いの方針を確認することができました。

(※ 集会で報告した「取り組み報告と3年目の目標」はコチラ

集会では、自分の体験を通して「戦争とは別れと死」であることを伝え続けられた本多立太郎さんの「戦争出前噺」DVDをみんなで観ました。本多さんの娘さんが、「本多立太郎 投稿集」を持って参加くださり、あいさつもしていただきました。

(※ 松田さんによる本田立太郎さんの紹介はコチラ

私は、DVD視聴の前に、私が大きく影響を受けた「本多立太郎さんDVDの紹介」をしました。その中で、本多さんの「戦争出前噺」によって、私の中に「『君が代』不起立につながる戦前・戦中の社会への認識」が育ったことを説明しました。また、DVD視聴の後には、「君が代」強制反対・処分撤回を闘う中で、「今、思っていること」について発言しました。

(※ 文書:「「君が代」不起立と結びついている私の戦前・戦中の社会に対する認識」はコチラ

休憩後は、谷弁護士から人事委員会審理の現段階について話していただきました。次に、D-TaC共同世話人・笠松さんから「年間活動報告・3年目目標(案)」の提起があり、それについての意見交流を行いました。「年間活動報告」の中では、「今年3月9日の大阪市教委との『協議』議事録要旨」についての報告もありました。意見交流の中では、中学生ビラまきが楽しいという体験を話してもらい、ビラまき活動拡大等の活動方針を確認しました。

(※ 3月9日の『協議』の議事録要旨はコチラ

最後に、ともに闘うZAZAメンバーを代表して、今年、再任用を拒否され、大阪弁護士会に人権救済申し立てを行った梅原さん、大阪市入れ墨調査処分撤回を闘った森さん、高槻「日の丸」常時掲揚反対を闘うZAZAメンバーの山田さんから連帯挨拶を受けて、集会を終えました。

今後ともご支援をよろしくお願いします。

(※ 集会での松田さんの発言要旨はコチラ

松田さん、市教委の「君が代強制通知」に対し、質問書を提出

松田です。

大阪市教委は2月3日に、昨年と同様の「君が代」を強制する教育長通知を出しました。

教育長通知

昨年2月22日、職員基本条例第43条2項の規定を根拠に、この教育長通知とそれに基づく職務命令が教育を破壊する不当なものなので取り消してほしいという申し出を行いました。結果は「取り消さない」という結論だけの口頭回答でした。今年度は公益通報を行い、申し出に対する対応は重大な不正があり、是正されるべきと主張しましたが、大阪市公正職務審査委員会は調査その他の措置をとる必要を認めませんでした。

8月には、学校長に対して要望を出し、「この指示では実際の国歌『君が代』指導はできない」と言っている職員がいることを市教委に伝え、「君が代」指導の仕方についての見解を聞くよう求めました。校長はそれを伝えてくれたかどうかよくわかりませんが、市教委はその問いには答えないというようなことを言っていました。

一職員としてもいろんな問題提起ができると思い、働きかけをしています。その上での昨年同様の教育長通知なので、職員としての仕事にかかわる問題として、教育長あての質問を2月8日に郵送しました。また、東京の根津さんの意見陳述の一部と保護者の立場で不起立された詩人・丁章さんの詩「不起立の記」もご紹介します。

子どもたちの人権を守ることを主張し、私たちの人権がそのためにも守られなければならないと主張していきたいと思います。

「児童・生徒の 気持ちに寄り添った丁寧な対応を」~大阪市教委の見解

大阪市教育委員会が、「君が代」斉唱にかかわって子どもの「思想・良心の自由」を認める回答をおこない、大阪市教育委員会ホームページにアップされました。

http://www.city.osaka.lg.jp/templates/dantaikyogi/kyoiku/0000384872.html

◆要請事項
「君が代」の意味や扱いの変遷、それが社会にもたらした影響等を知り、歌いたくないと意思表明した児童・生徒にはどう対応すべきと考えておられますか。

◆回答
国歌の指導は、学習要領に則って取り組む教育活動の一つです。
国歌の指導に関して、教育活動の一部または全部に参加できない意思を示す児童・生徒がいた場合、その思いを尊重するともに、指導にあっては、児童・生徒の実態をふまえながら、参加のあり方について、当該児童・生徒の気持ちに寄り添った丁寧な対応を心がけること大切であると考えています。

この回答からすると、「君が代」の意味も教えず、とにかく歌えと子どもたちに起立斉唱を強制する、多くの学校で行われている「指導」方法は抜本的に見直されなければなりません。「君が代」の扱いや意味の変遷にかかわる事実をきちんと伝え、どのような態度をとるかは、児童・生徒自身が決めることという立場での指導へと転換すべきです。

【報告】戦争中の教育の誤りを繰り返えさせてはいけない

12月23日のD‐TaC「学習交流のつどい」にご参加いただき、ありがとうございました。

集会の報告と講演して下さった黒田さんの当日のレジュメを掲載します。

※ 黒田さんのレジュメはコチラ→(pdfファイル前半後半

(以下、報告)

天皇のために命を捨てる教育=戦争中の教育の誤りを繰り返えさせてはいけない!

12月23日夜、「D-TaC~『君が代』処分撤回!松田さんとともに~」が主催して、「戦時中の教育の誤りを繰り返すな!12.23学習交流のつどい」を開催しました。「君が代」強制を軸に、学校教育が戦争を支える若者の育成へと変質させられようとしている中で、戦時中の教育の実態を学び、その誤りをくりかえさせないために考え合おうという趣旨のつどいでした。事前に、大阪市の中学校教職員の皆さんには、個人あての封筒で案内ビラと手紙を届けさせてもらいました。小学校の方は、学校長と人権教育担当者のみなさんに案内ビラと手紙を送付し、職場の皆さんへの紹介をお願いしました。「つどい」には会場満杯の65人の方に参加していただきました。

つどいでは、最初に、D-TaCの活動報告を行いました。大阪市内130中学校のうち、約30校の生徒に「『君が代』の意味知ってる?」ビラをまいたこと、「君が代」を歌いたくないという生徒がいれば、参加のしかたについて気持ちに寄り添ったていねい対応をすると大阪市教委に見解を表明させたことなどです。その後、元高校教員・元大学教員で、「日の丸・君が代」強制反対大阪ネット代表でもある黒田伊彦さんから、敗戦時国民学校4年生だった自分の学校教育での体験を語ってもらいました。「権力に対する人間の闘いとは、忘却に対する記憶の闘い」ということばで講演を始められた黒田さんの体験談はとても具体的で、天皇のために命を捨てる戦時中の教育の現実をしっかり感じられるものでした。

1941年4月から小学校は国民学校に変えられました。国民学校令第1条は、「国民学校ハ皇国ノ道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ国民ノ基礎的錬成ヲ為スヲ以テ目的トス」とされていました。子どもたちは「少国民」(皇国臣民としての国民になり切れていない存在)とされ、「皇国の道に則った教育」=生きた神様である天皇のために命を捨てる教育によって、錬成(たたきあげること)される存在でした。「皇国の道に則った教育」の中心は、元旦(1月1日)、紀元節(2月11日)、天長節(4月29日)、明治節(11月3日)の4大節の学校儀式であり、その儀式の中心が「君が代」斉唱、教育勅語拝読でした。黒田さんの学校では、日常は、朝、第1鈴で直立不動、「君が代」演奏の放送を聞き、第2鈴で教室へ向かっていたとのことです。1943年の教科書には、天皇は現御神(現人神)と書かれ、3年生から教えられたそうです。

「君が代」の歌詞の意味をめぐっては、2年生の紀元節の儀式で黒田さんが歌わなかったエピソードが語られました。それまで意味をきちんと教えてもらったことがなかったので、誤解していたとのことです。何故歌わなかったのかと先生に聞かれた黒田さんが、「『君が代』は『君の用―は、千代兄が、八千代に刺されて、石のように岩のようになって、(お供えの)米が蒸しあがるまでー、みはっておけよー』という歌で、死んだ人のそばに長い間いるのは恐いです」と言うと、先生が黒板に歌詞を書いて、「天皇陛下さま、長生きして下さって、天皇陛下のお治めになる日本の国が末永く栄えますようにという歌です。死んだ人なんてとんでもない。」と説明してくれたというエピソードです。

先生もお父さんもみんな、天皇陛下は神様だというのに対して、「天皇は神様なら死なないのに、なぜ長生きを願うのだろうと疑問に思った」そうですが、そんな疑問をも抑え込んでいくような抑圧体制ができ上がっていたのです。黒田さんからは、戦争を支えた国定教科書と子どもの文化としての軍歌と漫画・紙芝居も紹介してもらいました。大東亜共栄圏・南洋への夢と原住民を「土人」と蔑視する思想形成の原点となった、1933年から6年間少年倶楽部に連載された漫画物語「冒険ダン吉」などです。「冒険ダン吉」は、海に釣りに行って居眠りをしている間に南洋の島に漂着したダン吉が、ネズミのカリ公の頓知に助けられ、象の洗車と虎の大砲で、白人を撃退して、「食人蛮」「黒ン坊」「土人」を支配して、島の王様になるという物語です。ダン吉は腰ミノだけの裸体なのに、王冠と文明の象徴としての時計をつけ靴を履いています。学校教育だけでなく、子どもをとり巻く文化もすべて侵略戦争を鼓舞するものに変えられていったのです。

敗戦後の教育の転換の様子についても語られました。従来の教科書から「軍国主義や国際和解を妨げる教材の削除」する「墨ぬり」で、6年用国語の教材「国語の力」の中の「この国歌を奉唱する時、われわれ日本人は、思わず襟を正して、栄えますわが皇室の万歳を心から祈り奉る」は削除されませんでした。天皇のために命を捧げる教育へとつながる種は残されたのです。国の指示・命令を絶対のものとして教えてきたことへの教職員自らの振り返りの不徹底についても指摘がありました。

休憩の後、松田さんが、今の気持ちと努力していることについて話しました。

「私たちは、このつどいの案内ビラを4000人以上の大阪市中学校教職員に届けましたが、1枚のビラを見ただけでこのつどいに参加してくれるような状況ではありません。10年ほど、『君が代』起立・斉唱について議論にもならず、強制の現実が当たり前になっている職場がほとんどだからです。しかし、『君が代』の歌詞の意味も教えない強制の問題点も『君が代』強制の狙いもますますはっきりしてきています。『君が代』にかかわる事実を生徒に伝えること、『君が代』に対する態度はそれぞれが考え判断することという立場で生徒に接することが戦争教育への抵抗する道だということを粘り強く提起していきたいと思います。」

戦時中の教育の誤りを繰り返さないために、黒田さんの体験に学び、今に活かすことが私たちの課題です。松田さんの決意を受け、更に、頑張ろうと確認した「つどい」でした。