カテゴリー別アーカイブ: 活動報告

松田さんの「君が代」指導についての質問に、市教委が文書回答

松田です。
2月8日付の『教育長通知についての質問』、その後提出した3月3日付け『「職務命令取り消し申出」への回答にかかわる説明のお願い』への回答文書を、6月9日に杉山総括指導主事から受け取りました。
宛先と回答文書の責任の記載はありませんが、【本件に関するご質問・お問合わせは下記まで】として、「教育委員会事務局指導部中学校教育担当(電話番号:06-6208-9187)」とある文書です。
質問1:「…教育長通知の指導内容とは、…『君が代』の歌詞の意味や扱いの変遷等を伝える必要がないと理解していいですか。」
回答:「…国歌の歌詞の意味や扱いの変遷等を伝える必要がないとの認識はありませんが、各校において学習指導要領に則って適切に指導されているものと考えております。」
質問2:「…必要な情報を伝えず、教職員の強制された率先行為によって、尊重の態度・気持ちを刷り込もうとするこの通知の指示内容は子どもの権利条約に違反するものではないですか。」
回答:「…当該通知内容は、子どもの権利条約に反するものではないと考えています。」
説明のお願い1:「…(私が2016年2月26日に受けた回答は)どこで組織的に検討し、だれの責任で回答したものですか。」
回答:…教育委員会事務局で検討し、当該校長に伝えたものです。」
説明ののお願い2:「…(私が2016年2月26日に受けた回答は)『この職務命令は【保身を奨励し、教職員に人格を破壊したり、教育の荒廃につながったり、生徒の人権侵害につながったりする】かもしれないが、条例並びに教育長通知に基づいた職務命令なので取り消さない』という回答だったと理解していいですか。」
回答:「『この職務命令は【保身を奨励し、教職員に人格を破壊したり、教育の荒廃につながったり、生徒の人権侵害につながったりする】かもしれない』に関しましては、松田様のご認識であり、教育委員会がお答えする立場にないと考えています。」
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この文書回答に対して、文書の中に理解しがたい部分があるとして、6月22日付で再質問を提出しました。
再質問1…「この回答は、…要旨『国旗・国歌は大切。日本の国歌は【君が代】。国歌【君が代】をしっかり歌おう』との指導内容であれば、学習指導要領の規定に沿っていると言え、『君が代』の歌詞の意味や扱いの変遷にふれなくてもいいという意味だと理解していいですか。」
再質問2…「…私が、子どもの権利条約違反と考える理由を以下に記しますので、もう一度、根拠を含めて見解を示してください。」
再質問3…「教育長通知とそれに基づく職務命令が及ぼす影響について指摘したことに対して、『教育委員会事務局としてお答えする立場にない』として、教育委員会事務局が見解表明しないことを合理化することは決して許されないと考えます。『教育委員会事務局としてお答えする立場にない』とするなら、『答える立場にある』のは誰、あるいはどこなのでしょうか。また、それが、『松田様のご認識』というなら、教育委員会事務局の認識はとはどんなものなのでしょうか。再度、回答の意味することについての説明をもとめます。」
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この再質問について、電話で再回答をお願いしたところ、杉山総括指導主事から、要旨、以下のような返答がありました。
「6月9日に渡した回答は、前任担当者が約束していたことから行ったもので、異例のことであった。本来、一職員の質問に直接回答するようなことはなく、校長を通すことが原則である。あの回答に新たにつけ加えることはない。」
私は、7月4日付で、「再質問への回答のお願い」を送付ました。再質問は、新たな回答を求めるものではなく、すでにもらった文書回答の意味を尋ねるものであること、回答しないという選択肢はあり得ないことを主張したものです。
回答を迫り、「君が代」強制の問題を明らかにしたいと思います。
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7.13 D-TaC 3年目ステップ集会報告

「戦争のための教育支配を許さない」決意を共有!

中学生へのビラまき活動をさらに広げたい

松田幹雄(「君が代」不起立処分取消大阪市人事委員会申立人・グループZAZA)

 7月13日夜、天満橋のエルおおさかで行われた「松田さんの『君が代』不起立処分撤回 D-TaC結成2周年 3年目ステップ集会」には、約50人の方に参加いただき、ともに、松田不起立処分撤回・「君が代」強制反対の闘いの方針を確認することができました。

(※ 集会で報告した「取り組み報告と3年目の目標」はコチラ

集会では、自分の体験を通して「戦争とは別れと死」であることを伝え続けられた本多立太郎さんの「戦争出前噺」DVDをみんなで観ました。本多さんの娘さんが、「本多立太郎 投稿集」を持って参加くださり、あいさつもしていただきました。

(※ 松田さんによる本田立太郎さんの紹介はコチラ

私は、DVD視聴の前に、私が大きく影響を受けた「本多立太郎さんDVDの紹介」をしました。その中で、本多さんの「戦争出前噺」によって、私の中に「『君が代』不起立につながる戦前・戦中の社会への認識」が育ったことを説明しました。また、DVD視聴の後には、「君が代」強制反対・処分撤回を闘う中で、「今、思っていること」について発言しました。

(※ 文書:「「君が代」不起立と結びついている私の戦前・戦中の社会に対する認識」はコチラ

休憩後は、谷弁護士から人事委員会審理の現段階について話していただきました。次に、D-TaC共同世話人・笠松さんから「年間活動報告・3年目目標(案)」の提起があり、それについての意見交流を行いました。「年間活動報告」の中では、「今年3月9日の大阪市教委との『協議』議事録要旨」についての報告もありました。意見交流の中では、中学生ビラまきが楽しいという体験を話してもらい、ビラまき活動拡大等の活動方針を確認しました。

(※ 3月9日の『協議』の議事録要旨はコチラ

最後に、ともに闘うZAZAメンバーを代表して、今年、再任用を拒否され、大阪弁護士会に人権救済申し立てを行った梅原さん、大阪市入れ墨調査処分撤回を闘った森さん、高槻「日の丸」常時掲揚反対を闘うZAZAメンバーの山田さんから連帯挨拶を受けて、集会を終えました。

今後ともご支援をよろしくお願いします。

(※ 集会での松田さんの発言要旨はコチラ

「君が代」指導について、大阪市教委との「協議」報告

「君が代」指導…国旗国歌法制定時の政府解釈とともに、戦前の歴史的事実についても「歌詞や扱いの変遷を丁寧に説明する必要がある」

D-TaCと「日の丸・君が代」強制反対大阪ネットは、3月9日、大阪市教委と「君が代」指導のあり方にかかわる「協議」を持ちました。急な呼びかけにも関わらず、15人の方に参加いただきました。市教委の方は、この問題の担当の指導部中学校教育担当N指導主事でした。卒業式を前にして、「君が代」指導を少しでも人権が尊重されるものに変革するために開催したものです。この報告が、今後の「君が代」指導に活かされることを希望します。

<3.9「協議」に至る経過>

私たちは、本年1月20日付で「『君が代』指導についての質問」を大阪市教委に提出し、3月6日付で「回答」を受け取りました。(大阪市教委ホームページに掲載)http://www.city.osaka.lg.jp/templates/dantaikyogi/kyoiku/0000393055.html

私たちは、3月8日、「3月9日『協議』に向けた質問」を提出し、その質問への回答から「協議」を始めました。

<「協議」の焦点と確認事項>

私たちは、「回答」に、「教育委員会といたしましては、歌詞の意味を示す立場にありません」という表現があることに対し、3月8日付「質問」で、1999年9月17日付文科省初等中等教育局長通知を根拠に、学校に対して歌詞の意味を明示する責任を指摘していました。「協議」の中で、市教委担当者は、1999年文科省通知は今も生きて、国旗国歌法制定時の政府の「君が代」の歌詞の解釈をもとにした指導の責任があること、その際、政府による現在の「君が代」の歌詞解釈に留まらず、戦前、国歌として扱われた「君が代」の歌詞の意味、扱われ方についての歴史的事実を伝える必要があることを認識しているとのことでした。「君が代」斉唱が「思想・良心の自由」にかかわる問題になる根拠としての歴史的事実=「かつて『君が代』が、神聖にして侵すべからざる存在=現人神である天皇の治世の永遠を願う歌として臣民・少国民に斉唱させ、胆のうのために命を捨てさせる教育の重要な要素であったという歴史的事実」について、「認識している」との表明もありました。

「児童・生徒の多くが『君が代』の意味を知らないまま歌っている」という私たちの指摘については、市教委として実態をつかんでいないということでしたが、もしそういう実態があるならば是正されなければならないという認識が表明されました。

市教委は、「君が代」斉唱が嫌だと意思表示する児童・生徒に対しては、その気持ちに寄り添って対応することを明らかにしていますが、私たちは、斉唱を呼びかける際にも、最終的にどんな態度をとるかは、自分たち一人ひとりの問題であると伝えてほしいと要請しました。それについては、検討課題であり、どんな指導内容にするかも市教委としては今後の検討課題ということですが、私たちが提起した児童・生徒に伝えるべき事項については、内容的には市教委はほとんど認めたと思います。

児童・生徒に何も説明しないまま「しっかり歌え」と強制することは、「調教教育」であり、瑞穂の国記念小學院への道です。すぐにでも是正されなければなりません。私たちが今年の卒業式に向けて提起した、少なくとも説明しておくべき内容(例)について、再度、記しておきます。各学校で、ぜひ、児童・生徒の人権に配慮した卒業式指導への改善がなされるよう希望しています。

<少なくとも学校が伝えるべき内容の例>

(1)「君が代」の歌詞の意味

☆ 「君が代」の歌詞はもともと和歌

「君が代」の歌詞はもともと平安時代にできた和歌で、「あなたの寿命が 千年も 万年も 小石が大岩になって 苔がはえるほど長く続きますように」という長寿を願う和歌だったと考えられています。「君」は天皇に限らず目上の人を指していたと考えられていて、江戸時代には、いろいろなめでたい席で歌われていました。

☆ 国歌としての扱いをされるようになった明治時代以降の「君が代」

明治時代になって曲がつけられ、国歌として扱われるようになりました。「君」は天皇であるとして、大日本帝国憲法下の修身の教科書では「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいておさかえになりますやうに」という意味だと説明されていました。当時は、天皇のために命を棒げる教育が行われており、「君が代」斉唱は、その中で重要な役割を果たしていました。

☆ 1999年に国旗国歌法ができたときの「君が代」の歌詞の意味についての政府説明

1999年8月、国旗国歌法が制定されました。そのとき、政府は、現在の日本国憲法下での「君が代」の歌詞の解釈を次のように示しました。「日本国憲法下にあっては、国歌君が代の『君』は、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており、君が代とは、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当」というものです。

(2)卒業式・入学式に国歌「君が代」斉唱が位置づけられている理由

文部科学省が定めている学習指導要領には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定されています。それは、「国際的な交流が進む中で、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てることが大切」「国旗・国歌に対する正しい認識を持ち、それらを尊重する態度を育てることが、国際社会において尊敬され、信頼される日本人となるために必要」「卒業式や入学式は、国家への所属感を深めるためにいい機会」とする認識から定められているということです。

(3)児童・生徒のみなさんへの呼びかけ

入学式・卒業式の式次第には、国歌斉唱があります。学校は、みなさんに、国歌「君が代」をしっかり歌いましょうと呼びかけています。しかし、どのように参加するかは、みなさん方一人一人の問題です。しっかり考えた上でとった態度に対しては、そのことを理由に責められるということはありません。それぞれが自分の考えを深めていってください。

松田さん、市教委の「君が代強制通知」に対し、質問書を提出

松田です。

大阪市教委は2月3日に、昨年と同様の「君が代」を強制する教育長通知を出しました。

教育長通知

昨年2月22日、職員基本条例第43条2項の規定を根拠に、この教育長通知とそれに基づく職務命令が教育を破壊する不当なものなので取り消してほしいという申し出を行いました。結果は「取り消さない」という結論だけの口頭回答でした。今年度は公益通報を行い、申し出に対する対応は重大な不正があり、是正されるべきと主張しましたが、大阪市公正職務審査委員会は調査その他の措置をとる必要を認めませんでした。

8月には、学校長に対して要望を出し、「この指示では実際の国歌『君が代』指導はできない」と言っている職員がいることを市教委に伝え、「君が代」指導の仕方についての見解を聞くよう求めました。校長はそれを伝えてくれたかどうかよくわかりませんが、市教委はその問いには答えないというようなことを言っていました。

一職員としてもいろんな問題提起ができると思い、働きかけをしています。その上での昨年同様の教育長通知なので、職員としての仕事にかかわる問題として、教育長あての質問を2月8日に郵送しました。また、東京の根津さんの意見陳述の一部と保護者の立場で不起立された詩人・丁章さんの詩「不起立の記」もご紹介します。

子どもたちの人権を守ることを主張し、私たちの人権がそのためにも守られなければならないと主張していきたいと思います。

【教職員のみなさんへ】「君が代」指導の改善を お願いします

D-TaCから大阪市立の小中学校422校に、下記の内容をに発信しました。

また、大阪市教育委員会に対してこちらの「質問書」を提出しました。


大阪市立学校教職員の皆さんへ
                             2017122


                        Democracy for Teachers and Children
                   ~「君が代」処分撤回!松田さんとともに ~ 略称 D-TaC)
           「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク

 

 私たちは、これまで、「君が代」起立斉唱職務命令指示の教育長通知等についての大阪市教育委員会との「協議」について紹介・報告するメールを何度か送らせていただいた市民団体、D-TaCと「日の丸・君が代」強制反対大阪ネットです。卒業式が近づいてきましたので、「君が代」を歌いたくない生徒への対応についての大阪市教育委員会見解(20161222日大阪市教育委員会ホームページアップ)を踏まえた「君が代」指導の改善をお願いしたいと考えてこのメールを送らせてもらっています。

 「君が代」を歌いたくない生徒への対応についての大阪市教育委員会見解
http://www.city.osaka.lg.jp/templates/dantaikyogi/kyoiku/0000384752.html
(大阪市教育委員会組織情報・団体等との交渉状況各種団体との協議など団体との協議等の実施状況一覧(教育委員会事務局)→2016年度→D-TaC、「日の丸・君が代」強制反対・不起立処分を撤回させる大阪ネットワーク)

 2016126日付の私たちの要請書は、これまでの「協議」経過等を示して、「君が代」を歌いたくないと意思表明した児童・生徒への対応についての大阪市教育委員会の現在の見解を、文書で回答し、明示することを求めたものです。それに対する大阪市教育委員会の文書回答が以下です。

 「国歌の指導は、学習指導要領に則って取り組む教育活動の一つです。国歌の指導に関して、教育活動の一部または全部に参加できない意思を示す児童・生徒がいた場合、その思いを尊重するとともに、指導にあたっては、児童・生徒の実態をふまえながら、参加のあり方について、当該児童・生徒の気持ちに寄り添った丁寧な対応を心がけることが大切であると考えています。」

  この回答は、「君が代」斉唱が、児童・生徒の思想・良心の自由にかかわる問題であるとの認識に立ったものです。この回答の認識に立つならば、「君が代」指導の過程自身が児童・生徒の人権を尊重したものでなくてはなりません。「君が代」斉唱がいやだという児童・生徒が現れて初めて、指導のしかたが問題になるというのではないということです。「君が代」の扱いや歌詞の意味の変遷等について何も教えられないまま、「国歌は大切」「日本の国歌は『君が代』」「国歌『君が代』をしっかり歌おう」ということしか聞かされずに、「君が代」の意味さえ知らないまま、児童・生徒が起立・斉唱させられている現在の多くの学校の「君が代」指導のあり方は見直されなければなりません。必要な情報をきちんと届け、それに対してどういう態度をとるかは、各自が判断することだという立場での「指導」でなければならないと思います。
 以下に、少なくとも、学校が伝えるべき内容、現在の枠組みの中でも伝えることができる内容の例を示します。参考にしていただき、是非とも「君が代」指導の改善をお願いしたいと思います。

 


 

<少なくとも学校が伝えるべき内容の例>

 1)「君が代」の歌詞の意味

 「君が代」の歌詞はもともと和歌
 「君が代」の歌詞はもともと平安時代にできた和歌で、「あなたの寿命が 千年も 万年も 小石が大岩になって 苔がはえるほど長く続きますように」という長寿を願う和歌だったと考えられています。「君」は天皇に限らず目上の人を指していたと考えられていて、江戸時代には、いろいろなめでたい席で歌われていました。

  国歌としての扱いをされるようになった明治時代以降の「君が代」
 明治時代になって曲がつけられ、国歌として扱われるようになりました。「君」は天皇であるとして、大日本帝国憲法下の修身の教科書では「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいておさかえになりますやうに」という意味だと説明されていました。当時は、天皇のために命を棒げる教育が行われており、「君が代」斉唱は、その中で重要な役割を果たしていました。

  1999年に国旗国歌法ができたときの「君が代」の歌詞の意味についての政府説明
 19998月、国旗国歌法が制定されました。そのとき、政府は、現在の日本国憲法下での「君が代」の歌詞の解釈を次のように示しました。
「日本国憲法下にあっては、国歌君が代の『君』は、日本国及び日本国民統合の象徴であり、その地位が主権の存する日本国民の総意に基づく天皇のことを指しており、君が代とは、日本国民の総意に基づき、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国のことであり、君が代の歌詞も、そうした我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものと解することが適当」というものです。

 2)卒業式・入学式に国歌「君が代」斉唱が位置づけられている理由
 文部科学省が定めている学習指導要領には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする」と規定されています。それは、「国際的な交流が進む中で、日本人としての自覚を養い、国を愛する心を育てることが大切」「国旗・国歌に対する正しい認識を持ち、それらを尊重する態度を育てることが、国際社会において尊敬され、信頼される日本人となるために必要」「卒業式や入学式は、国家への所属感を深めるためにいい機会」とする認識から定められているということです。

 3)児童・生徒のみなさんへの呼びかけ
 入学式・卒業式の式次第には、国歌斉唱があります。学校は、みなさんに、国歌「君が代」をしっかり歌いましょうと呼びかけています。しかし、どのように参加するかは、みなさん方一人一人の問題です。しっかり考えた上でとった態度に対しては、そのことを理由に責められるということはありません。それぞれが自分の考えを深めていってください。


以上

【報告】戦争中の教育の誤りを繰り返えさせてはいけない

12月23日のD‐TaC「学習交流のつどい」にご参加いただき、ありがとうございました。

集会の報告と講演して下さった黒田さんの当日のレジュメを掲載します。

※ 黒田さんのレジュメはコチラ→(pdfファイル前半後半

(以下、報告)

天皇のために命を捨てる教育=戦争中の教育の誤りを繰り返えさせてはいけない!

12月23日夜、「D-TaC~『君が代』処分撤回!松田さんとともに~」が主催して、「戦時中の教育の誤りを繰り返すな!12.23学習交流のつどい」を開催しました。「君が代」強制を軸に、学校教育が戦争を支える若者の育成へと変質させられようとしている中で、戦時中の教育の実態を学び、その誤りをくりかえさせないために考え合おうという趣旨のつどいでした。事前に、大阪市の中学校教職員の皆さんには、個人あての封筒で案内ビラと手紙を届けさせてもらいました。小学校の方は、学校長と人権教育担当者のみなさんに案内ビラと手紙を送付し、職場の皆さんへの紹介をお願いしました。「つどい」には会場満杯の65人の方に参加していただきました。

つどいでは、最初に、D-TaCの活動報告を行いました。大阪市内130中学校のうち、約30校の生徒に「『君が代』の意味知ってる?」ビラをまいたこと、「君が代」を歌いたくないという生徒がいれば、参加のしかたについて気持ちに寄り添ったていねい対応をすると大阪市教委に見解を表明させたことなどです。その後、元高校教員・元大学教員で、「日の丸・君が代」強制反対大阪ネット代表でもある黒田伊彦さんから、敗戦時国民学校4年生だった自分の学校教育での体験を語ってもらいました。「権力に対する人間の闘いとは、忘却に対する記憶の闘い」ということばで講演を始められた黒田さんの体験談はとても具体的で、天皇のために命を捨てる戦時中の教育の現実をしっかり感じられるものでした。

1941年4月から小学校は国民学校に変えられました。国民学校令第1条は、「国民学校ハ皇国ノ道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ国民ノ基礎的錬成ヲ為スヲ以テ目的トス」とされていました。子どもたちは「少国民」(皇国臣民としての国民になり切れていない存在)とされ、「皇国の道に則った教育」=生きた神様である天皇のために命を捨てる教育によって、錬成(たたきあげること)される存在でした。「皇国の道に則った教育」の中心は、元旦(1月1日)、紀元節(2月11日)、天長節(4月29日)、明治節(11月3日)の4大節の学校儀式であり、その儀式の中心が「君が代」斉唱、教育勅語拝読でした。黒田さんの学校では、日常は、朝、第1鈴で直立不動、「君が代」演奏の放送を聞き、第2鈴で教室へ向かっていたとのことです。1943年の教科書には、天皇は現御神(現人神)と書かれ、3年生から教えられたそうです。

「君が代」の歌詞の意味をめぐっては、2年生の紀元節の儀式で黒田さんが歌わなかったエピソードが語られました。それまで意味をきちんと教えてもらったことがなかったので、誤解していたとのことです。何故歌わなかったのかと先生に聞かれた黒田さんが、「『君が代』は『君の用―は、千代兄が、八千代に刺されて、石のように岩のようになって、(お供えの)米が蒸しあがるまでー、みはっておけよー』という歌で、死んだ人のそばに長い間いるのは恐いです」と言うと、先生が黒板に歌詞を書いて、「天皇陛下さま、長生きして下さって、天皇陛下のお治めになる日本の国が末永く栄えますようにという歌です。死んだ人なんてとんでもない。」と説明してくれたというエピソードです。

先生もお父さんもみんな、天皇陛下は神様だというのに対して、「天皇は神様なら死なないのに、なぜ長生きを願うのだろうと疑問に思った」そうですが、そんな疑問をも抑え込んでいくような抑圧体制ができ上がっていたのです。黒田さんからは、戦争を支えた国定教科書と子どもの文化としての軍歌と漫画・紙芝居も紹介してもらいました。大東亜共栄圏・南洋への夢と原住民を「土人」と蔑視する思想形成の原点となった、1933年から6年間少年倶楽部に連載された漫画物語「冒険ダン吉」などです。「冒険ダン吉」は、海に釣りに行って居眠りをしている間に南洋の島に漂着したダン吉が、ネズミのカリ公の頓知に助けられ、象の洗車と虎の大砲で、白人を撃退して、「食人蛮」「黒ン坊」「土人」を支配して、島の王様になるという物語です。ダン吉は腰ミノだけの裸体なのに、王冠と文明の象徴としての時計をつけ靴を履いています。学校教育だけでなく、子どもをとり巻く文化もすべて侵略戦争を鼓舞するものに変えられていったのです。

敗戦後の教育の転換の様子についても語られました。従来の教科書から「軍国主義や国際和解を妨げる教材の削除」する「墨ぬり」で、6年用国語の教材「国語の力」の中の「この国歌を奉唱する時、われわれ日本人は、思わず襟を正して、栄えますわが皇室の万歳を心から祈り奉る」は削除されませんでした。天皇のために命を捧げる教育へとつながる種は残されたのです。国の指示・命令を絶対のものとして教えてきたことへの教職員自らの振り返りの不徹底についても指摘がありました。

休憩の後、松田さんが、今の気持ちと努力していることについて話しました。

「私たちは、このつどいの案内ビラを4000人以上の大阪市中学校教職員に届けましたが、1枚のビラを見ただけでこのつどいに参加してくれるような状況ではありません。10年ほど、『君が代』起立・斉唱について議論にもならず、強制の現実が当たり前になっている職場がほとんどだからです。しかし、『君が代』の歌詞の意味も教えない強制の問題点も『君が代』強制の狙いもますますはっきりしてきています。『君が代』にかかわる事実を生徒に伝えること、『君が代』に対する態度はそれぞれが考え判断することという立場で生徒に接することが戦争教育への抵抗する道だということを粘り強く提起していきたいと思います。」

戦時中の教育の誤りを繰り返さないために、黒田さんの体験に学び、今に活かすことが私たちの課題です。松田さんの決意を受け、更に、頑張ろうと確認した「つどい」でした。